京都府以外

2012年1月21日 (土)

冬の晴れ間・琵琶湖と瀬田川沿いを歩く

 曇りや雨の寒い日が続きますね。

晴天の琵琶湖と瀬田川の風景は如何ですか?
頭と心を無にして(私の頭は何時でも空です(;ω;)が)
ゆっくりノンビリご一緒に散策して戴ければ・・・!(^^)!

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琵琶湖から瀬田川に流れ込む途中には、多くの橋が架けられています。
↑の橋は「近江大橋」です。


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水の中に浸かって・・・冷たく無いのでしょうか?


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生活の匂いがして好きな光景です。


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少し下流に架かる「瀬田川大橋」です。

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琵琶湖での漁法の1つ「えり」です。魚が一旦この中に入るともう出ることが出来ない仕組みになっています。

琵琶湖には118本の一級河川が流れ込んでいます。
その中で、琵琶湖から出ていくただ一本の川が瀬田川です。


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湖岸沿いの岸壁です。石畳風になっています。
水面の大きな変化がない琵琶湖ならではの護岸です。


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 有名な瀬田の唐橋です。
滋賀県大津市瀬田の瀬田川にかかる橋で、全長260mあります。
” 勢多の唐橋”とも書き、”瀬田の長橋”とも言われています。

宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋・日本三古橋の一つとされています。
また、日本の道100選にも選ばれていますが少し傷んでいました。
 尚、プリンスホテルなど大津市内についてはこちらをご覧くださいね。

音楽は、平凡ですが
♪琵琶湖周航の歌 は、如何ですか?勿論、加藤登紀子さんです。
 母が大好きな歌でした。

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2012年1月12日 (木)

冬の奈良市「高畑町」を散策しました

 若い時から奈良県(市)は好きな街です。
何度か訪れている高畑町を久しぶりに散策しました。
奈良町(まち)の東側に接し、柳生の里へ通じる柳生街道の入口に位置する高畑町は、京都上賀茂社家町と同じく、春日神社を初めとする寺社の神官や禰宜(ねぎ)が住んだ社家町とも言えると思います。
 
今回は静かな佇まいの残る通りを撮っています。


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土塀に歴史を感じるのは私だけでは無いのでは?

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坂道が多いのもその特徴のように思います。



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高畑町は初め春日神社神官の屋敷地として出発し、やがて江戸時代になると奈良町の発展にともない次第に商家の進出が進み、その発展によって多くの神社関係者や禰宜などが住居を構えるようになりました。
 かつて広大な屋敷地を有した神官の屋敷地は現在、国や企業の保養施設などが建つ地区へと姿を変えましたが、屋敷を取り囲む土塀などはそのまま残され、社家町の雰囲気を残した町並みが残ります。


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冬だからでしょうか?
殆ど人影も無い静かな町並みをゆっくりノンビリ歩いて、
この町に、ここの空気に溶け込んだような幸せなひと時でした。
そして、今はもう誰も住んでいない故郷の我家を思い出しました。

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2011年11月 2日 (水)

奈良県・今井町を訪ねました パーツ編

 愈々今井町のご紹介も最終回になりました。
今回は、今井町の建物の中で、ここならではの建物のパーツを、ご紹介させて頂きましょう。
 
 屋根、虫籠窓、格子などの特徴的なものを、クローズ・アップしてみました。
先ず屋根についてですが、パーツとは言い難いのですが、全体の姿が上品で美しく、かつ重厚感のある重文の「上田家」をご覧ください。

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「上田家」は、今西家などと並び惣年寄を務めた家柄だったそうです。
この建物は、延享元(1744)年に建てられたものです。
軒などに造りの贅沢さを感じます。

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屋根や軒、庇、出窓などに細工の凝り具合の素晴らしさを感じました。
お城の一部を見ている様な感じがします。

大抵の屋根には「煙り出し」が施されていますが、これはちょっと凝った「煙り出し」です。

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重文の「音村家」のものです。

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今井町の建物には、大抵虫籠窓が施されていますが、その中にあってユニークなのは、この虫籠窓です。

また、格子にも美しいと感じるものが、多くありました。
その中から、幾つかを、ご紹介します。

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重文の「高木家」です。2階の出格子、1階の各格子、何れも凝った造りです。格子の種類としては、出格子・太格子(しもみせ)・細格子(みせのま・みせおく)などがあります。

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重文の「豊田家」の太格子です。さすがにどっしり感十分です。
名家の貫禄ですね。
 
尚、”奈良県今井町を訪ねました”は、シリーズでご紹介しています。
 スタート編
 重要文化財編
 町並編
 町家で昼食
  内部編

 最後までご覧戴いてありがとうございます。
今回私が感じたことは、旅人は昔の佇まい・歴史の残る風景を望みます。
そしてその思いで訪れました。
 でも、実際にこちらで生活をされている方たちにとっては、ご不便も多いと思います。
それを望むのは贅沢・我儘かも知れませんね。
 音楽は、”遠き山に日は落ちて”を選びました。

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2011年10月31日 (月)

奈良県・今井町を訪ねました 内部編

 美味しい昼食を戴いて 又、街中歩きです。
「旧・米谷家」は、唯一一般公開(無料)されていましたので、拝見させて頂きました。
勿論このお宅も重文です。
ここは、12時からの公開です。
12時5分前に着きました。時計を見ながら待っています。
12時を過ぎても出入り口は閉ざされたまま。
 「こんにちは~♪」と扉を叩きます。

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当家は「米忠」と言う屋号で、代々金物商や肥料商を営んでおられたそうです。
 中に入らせて頂きますが、内部は右側が土間に、左側は五間取りの部屋になっています。

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 中に入って左手すぐの部屋です。商売をやっておられた時の「みせ」です。
いわゆる「帳場」と言う設えですね。

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さらに中に進むと、居住空間になります。

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上を見上げると、このような構造になっています。
右隅に少し見えているのは、梯子が掛っていて、使用人達の部屋だそうです。

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土間には、こんなに立派なカマドが並んでいます。
ここの建物は、農家風に造られているとか。
正確な建築年代は判らないそうですが、江戸時代中頃は下らないとのことです。

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裏庭に出ますと、こんな建物がありました。
土蔵に付属させた座敷で、「蔵前座敷」と呼ぶそうです。
数奇屋風の、こじんまりとした建物です。
この建物は、嘉永3(1850)年の棟木銘があるそうです。

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内側から外を見た所です。外には太格子が嵌っていて、その内側には障子があり、さらに戸締りは吊り戸を下ろす様になっています。

尚、”奈良県今井町を訪ねました”は、シリーズでご紹介しています。
 スタート編
 重要文化財編
 町並編
 町家で昼食


音楽は、故郷の空 ダ・カーポの優しい歌声でどうぞ!(^^)!

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2011年10月29日 (土)

奈良県・今井町を訪ねました(町家で昼食)

 何処かに雰囲気の好い、レストランは無いかなあと探しています。
ありましたヽ(^。^)ノ
  この町に相応しい、そして私の大好きな佇まいです。
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暖簾の揺れているのが見えます。

やっとお昼ご飯にありつけそうです。
お店の名前は、町家茶屋「古伊」(ふるい)と言います。

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暖簾をくぐって、中へ入りましょう。

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お客様は二組、静かに話をしながら食事を愉しんでおられます。

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この床几に腰かけて戴きます。
旅人の気持ちですね!(^^)!

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町家膳・”散らし寿司”と”山菜そば”を戴きました。
どちらも素朴な薄味で嬉しくて!(^^)!
特に”散らし寿司”は母の味を思い出しました。
 ほうじ茶を飲みたいだけ!(^^)!戴いて、静かで時間が止まったようなひと時を味わいました。
  勿論、食後のコーヒーも愉しみました(#^.^#)

 最後に、このお店の事について、戴いたパンフレットから。

 江戸初期は、古服の再生を生業とする古服屋(古手屋)に始まり、
幕末から明治期には材木木挽き商を、その後昭和期には酒造業・酒卸問屋を、そして現在は茶屋と、変転されています。

 現家屋の原形は、記録によると18世紀前半に建てられたものと推測されるとのことです。

 その後、13代にわたり修理・修復を重ね、平成9年に今の茶屋開業のため、部分修理をされたそうですが、基本的には当初の姿を留めている様で
す。
  尚、”奈良県今井町を訪ねました”は、シリーズでご紹介しています。
 スタート編
 重要文化財編
 町並編


音楽は荒井由美さんで”優しさにつつまれたなら”は如何ですか?

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2011年10月28日 (金)

奈良県・今井町を訪ねました 町並編

 「豊田家」を後にして、つぎに訪れたのは「称念寺」さんです。
今井町は、この「称念寺」さんの境内地として発達した「寺内町(戦国時代、
浄土真宗本願寺派などの寺院の境内に発達した集落。周りに土居を巡らし、濠(ほり)を掘って他宗派や領主の攻撃に備えた。)なのです。

 このお寺は、浄土真宗本願寺派のお寺です。

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山門前ですが、何やら表示が多いですね。一部工事中の様でした。

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山門脇の潜り門から境内に入りました。
本堂です。江戸時代初期に再建されたもので、真宗寺院としては大規模なものです。
明治天皇が畝傍などの御陵参拝の時に立ち寄られたとのことです。
天皇は、ここで「西南の役」勃発の第一報を、お聞きになったそうです。

 この「称念寺」を中心に発展した「寺内町・今井町」の町並を、ご覧頂きましょう。

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今井町の雰囲気を、よく示している町並だと思います。
電柱の地下化が済んでいるところと、そうでないところと混在しています。
ご覧の様に、ここは未だですね。
左手前の家は、重文ではないですが、公開されているところです。

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こちらは、普通のお宅(重文とかではない)が並んでいる通りですが、こちらも今井町の雰囲気十分の場所だと思いました。

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この通りは、地下化は終っていますね。
この通りには、古いお宅と、比較的新しいお宅とが混在しています。

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右手前は「床屋」さん、郷に入れば郷に従えですかね。
その先は、ここならではのお宅が並んでいます。
ここも、電柱の地下化は未だですね。

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郵便局もこのようです。まだ建物は新しい様ですね。

 そろそろお腹も減って来ました。歴史あるお宅のお店に入りました。
 次に、ご紹介します。
尚、”奈良県今井町を訪ねました”は、シリーズでご紹介しています。
 スタート編
 重要文化財編

音楽は、ヘートーヴエンのピアノ・ソナタを選びました。

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2011年10月26日 (水)

奈良県・今井町を訪ねました 重文編

 前回の続きです。「今井町」の西南隅の「春日神社」の参拝を終え、
いよいよ西から東に向かって、国指定の重文民家を見て歩きます。

 まず始めは、「今西家」です。
今西家は代々惣年寄(そうとしより 江戸時代、町奉行の差配を受けて町政一般をつかさどった職)筆頭を務めた家柄だそうです。
 この建物は、慶安3(1650)年に建てられたことが、棟札などで明らかになっているとのこと。
 今西家は、今井町の西口門の近くに建っていますので、
”今西”の苗字は、そのことから付けられた様です。

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 外部は白漆喰壁で雄大な構えをもち、民家と言うよりも城郭建築を感じさせます。
 右端と↓に見えるマークは、川の字を井桁で囲んだもので、「川井氏」の定紋です。
今西氏を名乗ったのは三代目からだそうです。

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別名「八ツ棟造り」と言われ、重ね妻の棟数の多い建物です。

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こちら(左側)のマークは、菱形を3つ重ねたもので、当家の旗印だそうです。
内部は拝見していませんが、部屋部分と、それと同じ程度の土間があって、お白州や牢屋などもあるそうです。部屋は六間取りとなっています。


次は、「豊田家」です。
 今西家の近くにあります。
豊田家は屋号を「紙八」と言い、江戸末期から明治初年に、この家に移り住んだそうです。
 古くは、木材商牧村家の所有だったそうで、「西の木屋」と呼ばれていました。

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表の感じは今西家とよく似ています。
この建物は、寛文2(1662)年に建てられたことが判っているそうです。
 前面の太格子が印象的です。その下にある「駒つなぎ」の金具も、この家の権威を示しています。

内部は、こちらも六間取りです。昔は主屋西側には、今井宗久好みの茶室もあったとか。

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「西の木屋」の屋号のもと、大名貸しもした有力な商人だったそうです。
上のマークは「木」を表しています。白壁の汚れが、少し気になりますね。

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こちらも「木」の字の変形ですね。
ここの造りも、重厚観を感じます。

 さらに、今井町を東に向かって歩きます。
尚、”奈良県・今井町を訪ねました”はシリーズでご紹介しています。
 スタート編

音楽は、四季・ベートーウェン「皇帝」を選びました。

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2011年10月23日 (日)

奈良県・今井町を訪ねました スタート編

 皆様 「今井町」を、ご存知でしょうか。
今井町は、奈良県の北部に位置し、橿原市内にあります。
 この町が世の中に広く知られているのは、全700戸のうち国指定の重要文化財民家が8軒あり、
民家の80%近くが江戸時代のもの。

そして、寺内町としての町並みは、「重要伝統的建造物群保存地区」として国の指定を受けていることです。

 では、じっくりと町並みの様子などを、ご紹介させて頂きます。

 近鉄電車・橿原線の「八木西口」で下車、南の方向に進みます。
JR桜井線のガードをくぐりますと、「飛鳥川」の堤防に出ます。
やがて前方に朱色の橋が見えて来ます。

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 橋の名前は「蘇武橋」、見える大きな木は「エノキ」です。
エノキは、景観重要樹木に指定されています。
高さ約15m、幹周り約5mあり、樹齢は420年とありました。
道に沿って左へ進みます。

 まず町の南東にある、今井まちなみ交流センター「華甍」(はないらか)に向かいます。
ここで、「今井町」についてのお勉強をします!(^^)!

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「華甍」の正面玄関です。
奈良県下では数少ない明治建築(36年竣工)で、県指定文化財です。
旧高市郡教育博物館から、昭和初年には今井町役場にもなっています。

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 建物の中には、今井町復元模型や映像シアター、家の模型などじっくりと勉強出来ます。
この家の模型は、重文の今西家のものですが、後日に実物をご紹介します。
手前が表通りに面した部分です。

 「華甍」を出て、町の西端にある「春日神社」から、町並み探訪を開始です。

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「春日神社」の拝殿です。
ご祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)で、創建は明らかではなく、享保20年(1736年)に再建されているそうです。
藤原氏の荘園があったらしいので、そんな関係から「春日社」が勧請されたのではないかと思います。


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境内には、橿原市指定文化財の「旧常福寺・観音堂」があります。
昔の村のお寺の雰囲気を持ったお堂に見えました。

  この神社の周辺には、今井町が環濠都市であった濠が復元されています。

いよいよ建物を訪ねて歩きます。これからもご覧くださいね(#^.^#)

尚、”奈良県今井町を訪ねました”は、シリーズでご紹介しています。
 重要文化財編
 町並編
 町家で昼食
  内部編
 パーツ編

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2011年7月 3日 (日)

奈良県五條市の新町通りを歩きました(吉野川)

”奈良県五條市の新町通を歩きました”は、今回のご紹介が最後ですが、
ここは機会を見つけて再び訪れてみたい場所の一つになりました。
 
 
 今日は、街並みから外れて川べりの散策は如何ですか?
春うららの吉野川でゆったりのんびりしました。

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吉野川は、大台ケ原を源流として吉野を通り、奈良県を横断し和歌山県に入って”紀ノ川”と名前を変えて紀伊水道に流れ出ています。

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この辺り、川幅は割合広く感じました。

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川の流れは、ゆったりとやや急なところと変化がありました。

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鴨達のファミリーの遊泳でしょうか。先頭を行くのはお父さん?

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陽光が反射して、美しい流れの模様を作っています。

今日の記事をいれて6回分になりましたが、作っているのが愉しくて懐かしくて、このような思いをしたのは久しぶりです。
皆様も是非一度お訪ねされたら如何ですか!(^^)! 
  これまでの奈良県五條市は
  車両編
  新町界隈
  新町通(その1)
  新町通(その2)
  文化財
音楽は何が相応しいか迷いましたが・・・
五木 ひろしさんの”千曲川”が心に沿ってくれました。
実は以前、このCDを買いました(*^。^*)


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2011年7月 2日 (土)

奈良県五條市の新町通りを歩きました(文化財)

 今日は、新町通の重要文化財に指定されている二軒の”栗山邸”を紹介します。
まずは、国の重要文化財に指定されている”栗山邸”です。

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こちらの”栗山邸”は、新町通りに近く、国道168号線の西側に面しています。棟札から慶長12(1607)年築で、建築年代の判っているものでは日本最古の民家と言われています。

建物の横へ回って見ました。大きな蔵造りになっています。

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煙突が見えることから、お酒か醤油造りをやっておられたのでしょうか。
幾つもの蔵が並んでいます。


 そして、こちらの”栗山邸”は市の重要文化財です。
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このお宅は、新町通りの入り口にあります。

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はじめの”栗山邸”に比べると、規模はやや小さいようですが、それでもご覧のような立派なお宅です。

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玄関に標札が掛かっているところを見ますと、現在もお住まいされているようです。
こんな立派なお宅に住んでいると、維持管理は当然のこと、お掃除や税金などさぞ大変やろうな(貧乏人の考えることですね(ー_ー)!!)と思いつつ、しばし眺めていました。
これまでの奈良県五條市は
  車両編
  新町界隈
  新町通(その1)
  新町通(その2)

音楽は、グリーグの「ホルベルグ組曲」の中から選びました。



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