嵯峨 嵐山

2011年9月27日 (火)

初秋の嵯峨野散歩

 各地に被害を及ぼしつつ日本列島を縦断した、台風15号でしたが、漸く猛暑の日々から解放され、一転して秋めいて来ました。

 台風の被害に遭われた方々には、心からお見舞いを申し上げます。

人間は正直なもので、涼しくなると体を動かすのも積極的になります。
 早速、初秋の嵯峨野に出掛けました。
まだ夏と秋が同居している感じの景色を、ご覧願下さいね。

 何時もの様に、広沢池から歩き始めます。

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池畔にはキバナコスモスでしょうか?や、ザクロが沢山の実を付けて色付いていました。
池面は穏やかな表情を見せています。

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池の近くにある「児神社」の石椅子です。
先日、この
児神社をご紹介したときに、
石椅子をご紹介していなかったことを思い出し、撮って来ました。
 ここで、寛朝僧都が坐禅を組んだり、僧都を慕っていた稚児が何時も腰掛けていたと、言い伝えられています。

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北嵯峨の田園地帯では、秋の取り入れの最中でした。
煙の向こうには、五山の送り火の1つ、「鳥居形」の曼荼羅山が見えます。

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ヒガンバナも最盛期の様ですが、今年は花の数が、
去年に比べて少ない様に思います。

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手前にヒガンバナ、その先に黄色に色付いた稲穂、
さらにその向こうに愛宕山が見えます。

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秋の訪れを告げるススキの穂は、まだ出たばかりと言った風情で、
風に少し揺れていましたが、上がちょっと切れていますね。
写真を取り込んでから気が付きました
(;´д`)トホホ…

 これからは日に日に秋が深まって行きます。
やりたいことや行きたいところや、溜っています。
どんどんとこなして行かなくっちゃ・・・(*´v゚*)ゞ

 今、日本中で一番歌われている歌は”ふるさと”との事です。
 

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2011年9月18日 (日)

京都・北嵯峨・広沢池を巡る (その2)

 前回の続きです。「広沢池」の西南隅に遣って来ました。
その近くには「児神社」(ちご・じんじゃ)と言う小さなお社があります。
創立時期は不明ですが、祭神は「遍照寺」を建立した寛朝僧正の侍児(名前は判りません)です。
   詳しくは↓をご覧くださいね。

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この神社の境内には、寛朝僧正が坐禅に使っていた石の椅子が移設されているとか言われています。
 また、江戸時代には神前で一心に祈願してから、この石椅子に座れば、
必ず長命・安産・縁結びが叶うと言い伝えられたとか。

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神社の北側には、北嵯峨の田園地帯が広がっています。
遠くに見えるのは「愛宕山」です。

池の西側の縁を北に向かって歩き始めます。
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右前方に、池に突き出た小さな小島が見えて来ました。
小島には、西縁の道の中間地点から入って行きます。
上の写真では、左手からになります。

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その途中の左側には、この様な石造りの仏様がおられます。
美男でおわします仏様は、千手観音様ですが、
地元では”弁天さん”と呼んでいるとのことです。

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上の仏様の先には、小さな祠があります。
私は、こちらに弁天さんがお祀りされているのではないかと思います。
ここからは、池の東側を見ることになります。

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西縁の道を、さらに北に向かっています。
その途中で北東方向を見ています。
彼岸の中央には、茅葺の建物(その1と同じ建物です)が見えます。

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池の北西隅近くには、池の水の取り込み口があります。
水は「嵯峨用水」(昭和30年に完成)が導入されていて、
池から下流の各農地を潤しています。

 「児(ちご)神社」について
祭神は、寛朝僧正(成田山新勝寺を開創された方)の侍児です。
長徳4(998)年に僧正が亡くなられた時に、伝聞によれば、その時遍照寺山腹の老松から龍となり、静かに昇天していくのが見えたとか。
 残された侍児は、悲嘆・悲泣し、後を追い、この池に身を沈めました。
近在の人達が、この児を哀れに思い、その霊を慰めるために、
ここにこのお社を建て、以来「児神社」と言われるようになりました。

 如何だったでしょうか。
「広沢池」に魅かれている私の独り善がりかと思いますが、観光コースからは全く離れたこの池に、
是非、一度お越下さいね。

 ここに来ると何故か♪夕空晴れて 秋風吹き・・♪を口ずさんでいます。


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2011年9月14日 (水)

京都・北嵯峨・広沢池を巡って(その1)

 北嵯峨の東「広沢池」は何度もご紹介していますね。
京都市内を歩くのも好きですが、この周辺を歩くのも大好きです。
ここは、さしづめ心の洗たくでしょうか?
 今回はじっくりと、この「広沢池」を巡りたいと思って、出かけました。  
 
以前ご紹介した「きぬかけの路」を、東から来ますと御室仁和寺前を通り過ぎ、「宇多野」を抜けて、
さらに西に進むと「広沢池」の東南隅に着きます。

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池の東南隅から、北西方向を見た池のほぼ全容です。
遠くの山は、市内から見える最高峰の「愛宕山」(924m)です。

 広沢池の形は、丸みを帯びたほぼ正方形で、周囲は約1.3Km、
面積は約14万平方m、水深は最も深い所で約1.8m、
水量は約10万立方mあります。
 
池は灌漑用の溜池ですが、平安中期に建てられた「遍照寺」の池だと言われていたり、
8世紀に嵯峨野一帯を開拓した秦氏が造った原始的な溜池との説もあります。

 歩けるのは南縁と西縁だけですが、周囲を時計周りに歩きます。
東縁には世界救世教の施設があり、北縁は多分道が無いのではないかと思います。

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池の南の縁の中央から、池の北東方向を見ています。
池面に、その姿を映しているのは「遍照寺山」(へんじょうじやま)または朝原山あるいは音戸山です。
※「遍照寺」については、↓で説明しています。

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池の東北隅辺りの景色です。茅葺屋根の建物がほぼ真ん中に見えますね。
春は桜の花が見事です。

池の南縁を西に向かって歩きます。

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南の縁の真ん中辺りに来ました。
ここでは、毎年12月初旬に、池の水を抜いて、池で養殖している鯉や鮒などを捕まえ、販売します。
冬の風物詩「鯉上げ」または「池ざらえ」と言います。
毎年、見たいと思いながら・・・・(゚ー゚;

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↑の石碑の近くには、この様な石仏がお祀りされています。
何か謂われでもあるのでしょうか?

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南の縁のほぼ真ん中辺りから、池の中央のやや西向きを眺めています。
何の為の船か解りませんが、何時もこの辺りに浮かんでいます。
 この池のアクセサリーかな?と思ったりしています。

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池の反対側の道端には、この様な歌碑が建てられています。
 「山の名の しめすごとくに 月よいま 遍く 照らせ 広沢の池」

近くにある大覚寺・大沢池と並んで、昔から月見の名所だったそうです。
そして、この池は池の北側にあった「遍照寺」の境内でもありました。
それらのことが、歌に詠み込まれています。

この歌を詠まれた松本 章男さんが選ばれた”広沢池”を詠った歌が、
この歌碑の傍に立てられていますので、幾つかご紹介しましょう。

 藤原 定家  散る花に汀のほかの影そひて 春しも月は 広沢の池

 後鳥羽院   広沢の池にやどれる月かげや 昔をうつす鏡なるらん

 西行      宿しもつ月の光のををしさは いかにいえども広沢の池

 他に 源 頼政  寂蓮  慈円  藤原 為家  二条為重  
    三条西実枝  肖柏  相玉 長伝 など

※「遍照寺」について、興味の有る方はご覧くださいね。
第59代・宇多天皇(9世紀末)の孫に当たる寛朝僧正が、
平安時代中期に池の北側に建立したお寺です。
 
その時に造られた広沢池のほとりには、釣殿・月見堂などがあり、
美しい風景を前にした大きな寺であったそうです。

 しかし、早い時期に荒廃し、その後ここから南に約300mの所に再建され、今もそこに「遍照寺」は存在しています。
そこには、創建当時の遺像と言われる十一面観音立像と不動明王坐像があり、何れも重文指定されています。

 寺の遺構はないと見られていましたが、近年一間四面の御堂跡が発掘され、平成4年に京都市史跡に指定されました。

 この後、池の西南隅から、北に向かいます。

音楽は、”夏の終わり”を選びました。オフコースの方々です。
 早く涼しくなってほしいですね。

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2011年8月 4日 (木)

京都・嵯峨と嵐山の蓮の花を訪ねて

 久し振りに、夏、真っ盛りの嵯峨野を歩きました。
目的の一つは、蓮の花です。
今回は、何時もとは逆行して、先に嵐山・天龍寺を訪ねました。
ここには毎年訪れています。
 境内に入ってすぐの中央にある「勅使門」奥の池に、蓮の花が華やかに咲いていました。
蕾あり、開花あり、散った後など様々でした。
色は薄いピンク色ですが、やや白に近いのもあり、上品な色です。

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池の真ん中には、石橋が架かっています。
池の向こうには、塔頭の一つ「弘源寺」が見えます。

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これが「勅使門」です。
桃山時代のもので、京都府の指定文化財となっています。
禅寺らしく、シックなものですね。
この門の裏に、蓮が咲く池(放生池)↑があります。

 では、放生池に咲いていた、蓮の花をご覧くださいね。
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幼子のように可愛いですね。

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歳の頃は20歳前くらいでしょうか?
初々しいですね。

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女性なら一番美しい年頃ですね。
歳の頃なら、差支えが有るといけないので・・・(^_-)

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花の色が、やや白い群れです。
清楚で可憐ですね。

 
さて、大沢の池のハスですが、外から見た感じではイマイチでした。
去年は開花が見られませんでしたが、今回は蓮の生え方が大分変化していました。
 池の中央部(遠くに見えます)に大きく広がっていましたが、既に遅かった様子、勿体無い(有料)ので中に入りませんでした。
残念ながら、↓の写真です。

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最後に「天龍寺」について少々。

 嵐山を観光された方は、大抵ここに来られているのではないかと思います。
渡月橋の北側にある大きなお寺です。

 臨済宗天龍寺派の大本山で、京都五山第一位の巨刹です。
 1339年(暦応2~延元4年)、後醍醐天皇が吉野で崩御されると、禅僧の夢窓疎石が、天皇の菩提を弔う寺を建てるよう、足利尊氏・直義に進言し、夢窓を開山として、天龍寺を建てました。

 有名なものとしては、国史跡・特別名勝に指定されている方丈庭園の「曹源池庭園」で、ユネスコの世界遺産選定の理由ともされています。

  音楽は、コーラスを愉しまれている方なら誰でもご存じで一度は合唱された事が有ると思います。ご一緒にお歌いくださいね。

 勿論、私も大好きな”Believe”です。

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2011年5月24日 (火)

初夏の嵯峨野をぶらりブラリ

 久し振りに、初夏の嵯峨野を散策しました。
5月の嵯峨野は吹く風も爽やかで、長閑な光景は都会?の生活に慣れた者には新鮮です。

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何時もの様に、まず目に入るのは「広沢の池」です。
向こうの遍照寺山も、池の水も、一面が緑色の世界でした。

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池面は波もなく静かで、愛宕山の姿が、はっきりと映っています。

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愛宕山も、新緑に覆われています。
何度も登ったこの山にも、もう登れなくなってしまいました(--〆)
 手前の北嵯峨田園地帯では、そろそろ田植えの準備が始まっていました。
既に水が張られている田んぼもありました。
長閑な風景は少しも変わらず、優しく迎えてくれます。

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こちらの竹も、美しく紅葉していました。
吹く風に揺れて、葉の色の変化に暫し見惚れていました。

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絶景ポイントの一つです。
前回訪れた時は春のお花が優しい彩りを添えていましたが、
今は、
すっかり緑に囲まれています。
 どのような方が住んでおられるのか、何時も気にしつつ歩いています。
この裏は、五山の送り火の一つ「鳥居形」の曼荼羅山です。
(歩いた日5月21日)
 ここは春の終わりにも訪れています。
嵯峨野ぶらりブラリ(その1)”
嵯峨野ぶらりブラリ(その2)”
       

音楽は”若葉”をご一緒にお歌い下さいね。

2011年5月 3日 (火)

京都・大覚寺の”大沢池”を散策する

 嵯峨を後にして大覚寺迄来ました。
今回は大覚寺には入らないで(外からお庭の一部を撮りました)久しぶりに"大沢池"をめぐりました。
ここへはハスの頃に何度か来ましたが、今の季節は初めてでした。
そしてここが桜の名所(知られざる?)だとは初めて知りました。

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既に桜は殆ど散っていましたが、所処に可愛く残っている花も有りました。


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"大沢池"の北に建つ心経宝塔です。

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この辺りは、平安時代には中御所苑池がありました。


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"大沢池"の周囲は約1kmで、一周できる散策路が整備されています。
初めて池の周遊散策路を歩きましたが、一人の男性が「ここは桜の名所ですよ。もう遅いですが見事な景色です。」と。
  勿論、来年の桜鑑賞の一つにインプット!!(一年先のことまで覚えていられるかなあ(';'))


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 大沢池は、離宮嵯峨院の庭池で日本最古の庭池です。
そして中国の「洞庭湖」を模して造られたと伝えられています。
 興福寺(奈良)猿沢の池、石山寺(大津)とともに、平安時代から日本三大名月観賞地として知られていますね。
毎年、仲秋の夜に龍の頭とアオサギの首を船首に着けた船による観月の夕べが催されますが
一度も船には乗ったことは有りません。
 
  既に12時を過ぎています。お腹はペコペコです。
近くの和食のお店で”おばんざい定食”2000円を戴きました。
品数も多く、薄味で美味しく、お腹はいっぱい、財布はからっぽ。
 贅沢をし過ぎました。当分、粗食です(';')

ここまでの嵯峨野散策は
 嵯峨野ぶらりブラリ(その1)
 嵯峨野ぶらりブラリ(その2)

音楽は”ドナウ河のさざなみ”をお聴きくださいね。 

2011年5月 2日 (月)

嵯峨野ふらり ブラリ (その2)

 昨日の続きです。
自然いっぱいの北嵯峨と大覚寺を後に鳥居本に向かって歩いています。

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立派な古いお宅に出会いました。中の白い障子が眩しいです。


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↑のお宅の全景を撮ろうとしましたが、奥行きの全ては撮れませんでした。
お二階は改築されているようです。
どのような方がお住まいなのでしょうか?


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優しい風情の有る萱葺の家です。
子供の頃の故郷”山科”を思い出して、暫く佇んでいます。

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五山の送り火の1つ、”鳥居形”の曼荼羅山の麓近くです。
民話の世界のような萱葺の家です。枝垂れ桜に山桜、白い花は雪柳です。
懐かしい日本の原風景です。


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鳥居本から、嵯峨野めぐりの道に入って直ぐにあった、”煙出し”に”虫籠窓
”の懐かしいお宅です。

音楽は、"故郷を離るる歌"をご一緒にお歌い下さいね。

2011年5月 1日 (日)

嵯峨野ぶらり ブラリ (その1)

 真っ青な空、お日さまたっぷりの下を、のんびり風景を愉しみながらの散策です。(内心は日焼けを心配しています(';'))
 広沢池で、静かな川面と広い風景を愉しんだ後は、池の西側、長閑な北嵯峨(歴史的風土保存地域)を歩いています。
この日は兄と一緒でした。
 人影は有りません。唯、畑の中で働いておられるお百姓さんだけです。
何んとなく申し訳なく思いながら・・・
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至る所で、菜の花の黄色が眼に鮮やかで春の息吹を感じさせてくれます。

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一般的に野焼きと言えば、生えている野草を燃やすのですが、嵯峨野では剪定した庭木の枝を造園業者が畑に持ち帰って燃やしている場合が多いようです。
そんな煙があっちこっちで立ち上がって途中から横に流れています。

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ここも京都市なのですよ。
しかも所要時間は街中から市バスで1時間以内で来られます。
長閑な田園風景は生れ故郷の山科を思い出します。
幼い頃の思い出話に花が咲きました!(^^)!


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始めて人に出会いました。
「こんにちは~♪」と声をかけて走って行かれました。
この日の天気のように爽やかな声です(^-^)


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残念ながら、風に泳ぐ”鯉のぼり”では有りませんが、広い野原と綺麗な空気の中で悠々の鯉のぼりはやはり幸せ者?ですね。


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自然いっぱいの北嵯峨に名残を惜しみつつ、大覚寺方面に向かいますが、後ろを振り返って撮っています。

 音楽は、テレサテンさんで、”ふるさとはどこですか”をお聴きくださいね。

2010年4月18日 (日)

春真っ盛りの嵯峨野を歩く(その2)

 広い嵯峨野のうち、いわゆる「嵯峨野めぐり」の地域に来ました。
大覚寺から鳥居本に向います。

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その途中には、菜の花畑が所々に広がっていました。

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五山の送り火「鳥居形」の山、曼荼羅山の麓のお宅です。
私が好きなスポットの1つです。四季楽しめます。

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落柿舎の前にも、菜の花畑がありました。

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この菜の花畑の手前には、この様な像があって、驚きました。
「土佐四天王像」とのことです。
右から、中岡慎太郎・坂本龍馬・武市瑞山・吉村寅太郎です。
坂本と中岡が、天龍寺で、長州藩士と倒幕の密議をしたことが
由来とありました。しかし、なぜここに?

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その天龍寺にやって来ましたが、先の場所からはかなり離れています。

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おなじみの嵐山の景色です。嵐山が桜の名所である訳は、
山の桜ではなく、渡月橋を挟んだ両岸の桜であることが、よく判ります。
特に、左手に広がる中ノ島の桜並木が見ものでしょうか。
しかし、写真ではその良さが全く判りません。
現地をご覧頂くしかありません。
                 
 ↓はプールのお仲間Nさんの作品です。
写真が趣味でいつも素晴らしい花や風景を写されています。
その内の一枚をご紹介させて頂きます。
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背景は東寺の五重の塔です。

2010年4月17日 (土)

春真っ盛りの京都・嵯峨野を歩く(その1)

 久し振りに、春真っ盛りの京都・嵯峨野を歩きました。10日の午前中です。
何時もの様に、左回りのコースです。従ってまずお目に掛かるのは「広沢池」です。

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「広沢池」は、何時もの様に静かな佇まいを見せています。
池畔に咲く桜も、少しピークは過ぎた感じがします。

遠くに愛宕の山が、やや霞んで見えます。

 「広沢池」の周りの散策と参りましょう。

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池の近くのお宅では、鯉幟が元気良く泳いでいました。

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北嵯峨の田園風景です。

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大覚寺の近くを流れる小川です。

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大覚寺の正面にやって来ました。この辺りも花盛りでした。
少し曇り空に変わって来ました。

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