地域 歴史

2012年2月14日 (火)

梅小路SL館♪汽車ポッポ♪

 今回ご紹介する記事はお正月に、梅小路機関車館で撮ったものです。
お正月の新春企画の1つとして、「蒸気機関車の先頭部を車庫から出して展示」がされていました。
 何時もは扇型の車庫に入っている蒸気機関車を3mほど前進させて
展示しています。
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「頭出し」の様子です。全部は写せていませんが13車両が並んでいます。

 SL大好きの私は勿論、行きました。
ところがモタモタしている間にお仲間が一足早くupしておられました。
しかも二回に分けて、先頭部の展示SLが走る様子です。
シマッタと思いましたが、臨場感たっぷりに撮られていて、その差は歴然。
 そんなことが有って1か月以上遅れのupとなりました。
二番煎じになりましたが、遅まきながらこっそり・・・・(ー_ー)!!

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子供たちが乗り込んで、発車を今や遅しと待っています。

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発車寸前です。子供達も私もドキドキしています。
煙と蒸気です。上にモクモク、下にももくもく。
ボーっと警笛が鳴っています。郷愁に浸るひと時です。

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牽引している機関車はC612です。
子供たちの夢を載せて・・・・
私が思い浮かべるのは♪汽笛一斉新橋をですが・・・(;´▽`A``

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約15分かけて往復したSLが戻って来ました。
「お帰りなさい~♪」と声をかけたくなります。
不思議な感情ですが・・・・!(^^)!

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手前から”嵯峨野トロッコ列車””関空行き特急はるか”そして”在来線”です。
タイミング良く撮れましたヽ(^o^)丿
勿論、トロッコ列車は運転休止中です。
 童心に帰って♪汽車ぽっぽ は如何ですか(#^.^#)

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2012年1月11日 (水)

御土居を訪ねて(平野 鳥居前町)

前回(北野天満宮)の続きです。
御土居ついての詳しい説明は北野天満宮でご覧ください。
 
今回は現存する御土居の9つ②の平野 鳥居前町を訪ねました。

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尚、↑の現存地の内で
、④⑤⑥の御土居のご紹介はこちらです。

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 御土居とは豊臣秀吉が、長い戦乱で荒れ果てた京の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と、鴨川の氾濫から市街を守る堤防として天正19年(1591年)に築いた土塁のことです。
 その殆どが江戸時代に取り壊され、現存するのは北野天満宮の境内の他
数箇所となっており、昭和40年10月27日に都市計画の重要な遺構として
「史跡」の指定を受けています。

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形はまっすぐでは無くてカーブしていますし、表面は整形されています。


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反対側から撮っています。
ここの御土居が形も綺麗で、はっきり姿が解ります。

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ご紹介している石仏は、お土居から出土した石造物です

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紙屋川(天神川)に沿っており、これらが堀を兼ねていました。

 音楽は、NHK大河ドラマより江・姫たちの戦国から メインテーマ
を選びました

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2012年1月 6日 (金)

新年の二条城庭園を散策しました

 新年の3日の朝は、二条城の庭園を散策しました。
開門は10時です。
着いたのは9時40分頃、相変わらずセッカチです。

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池泉回遊式庭園である二の丸庭園は、書院造り庭園でもあり、
神泉蓬莱の世界を表した庭園と言われ、また八陣の庭(蓬莱島の護岸石組の形から)とも呼ばれています。
今回は池に見事に配置されている石を撮ってみました。
庭園についての説明はこちらをご覧ください。

 庭には、三つの島を置き、四つの橋が架けられ、
西北隅には滝が造られています。
 様々な形の石の変化が興味深いです。

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池のほぼ真ん中に蓬莱島と言う名の大きな島があります。
その島に架かる橋の一つです。

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池の水面に、蓬莱島の木々が、鮮やかにその形を映しています。

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池の中の島の一つ亀島と蓬莱島との架け橋です。

  庭園の歴史は時代の変遷と共に変貌しましたが、
離宮時代に行われた植栽工事は、幕末の庭園景が変貌する程の大規模な改修工事で、今日に至る基本的な景観が完成したと言われています。 
 京都市に下賜されてからの二の丸庭園は、昭和14年(1939年)名勝に指定、
昭和28年に 国の特別名勝の指定を受け、文化財的資産と観光要素の一つとして維持され現在に至っ ています。
 朝の情景に相応しい曲は、これしか無いですね!(^^)! 

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2012年1月 2日 (月)

上賀茂神社「龍の絵馬」と社家

 上賀茂神社の絵馬・緑と紫 ”双竜の絵馬”がお披露目されました。
絵馬について詳しくはこちらをご覧くださいね。


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 さて、上賀茂神社を出て東へ向かうとすぐに、
藤木通に沿って流れる清流・明神川を前に、
石橋と土塀で囲まれた屋敷が並ぶのがご存知社家町です。

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 清流は上賀茂神社の境内に流れていた「ならの小川」で、
境内を出て「明神川」と名前を変えています。


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この川沿い並ぶ屋敷は、代々上賀茂神社に奉仕してきた神官らの屋敷、社家町です。


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 社家とは、世襲神職の家筋で、ここ上賀茂神社の社家は賀茂氏ゆかりの人々です。
 平安時代の中頃からぼつぼつと社家が出来はじめ、
室町時代に入り社家町が形成されたと言います。
 江戸時代には300軒ほど有りましたが、維新後の神職世襲制の廃止により社家も減り、現在は20数軒と言われています。
  
 音楽は、NHKで早朝4時13分から流れる癒し音楽は如何ですか?

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2011年12月17日 (土)

御土居を訪ねて(北野天満宮)

 御土居とは豊臣秀吉が、長い戦乱で荒れ果てた京の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と、鴨川の氾濫から市街を守る堤防として天正19年(1591年)に築いた土塁のことです。
 その殆どが江戸時代に取り壊され、現存するのは北野天満宮の境内の他
数箇所となっており、昭和40年10月27日に都市計画の重要な遺構として
「史跡」の指定を受けています。
 今回は現存する御土居の9つの①の北野天満宮さんを訪ねました。
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 尚、↑の現存地の内で
、④⑤⑥の御土居のご紹介はこちらです。

紅葉の頃は御土居は有料ですが、訪れた16日は無料公開されていました。


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「御土居の紅葉」
 (裏千家今日庵 北野天満宮講社会長 千 玄室 謹書)
御土居の入り口に建っている石碑です。


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御土居に入って(上がって)一番に先に目に付く、大木のケヤキです。
 [御土居の大欅 ”東風こち”樹齢およそ600年 幹周り 6メートル
このケヤキは豊臣秀吉がここに御土居を築いた当時から、成長を続けてきました。
京の地より天高く大宰府へ東風を吹かせ続けています。
                           史跡 御土居 ]
立札にはこのように説明されています。

 全体の姿を撮りたいと思いましたが、難しくて断片的に撮りました。
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↑と↓は斜面を撮っています。
傾斜になっているのですがお解り戴けますか?

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これは頂面です。
北野御土居は断面図・250M(最長遺跡)です。
又、堀の一部に紙屋川を利用しています。

※興味の有る方はご覧ください。  
 御土居は、
台形の土塁と堀(堀の一部は川、池、沼を利用)からなり、
聚楽第を中心にして、その総延長は22.5キロメートルに及び、
東は鴨川、北は鷹ヶ峰、西は紙屋川、南は九条あたりに沿って築かれました。 
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 御土居の囲む範囲は南北約8.5キロメートル、東西約3.5キロメートルの縦長の形をしています。
 御土居は必ずしも直線状ではなく、特に西側では数箇所の凹凸があります。
 御土居の高さは約3.6~4.5メートル、その頂部が約5m、基底部の幅は約五間(約9m)という大工事であり、しかも御土居に沿って幅二間(約3.6m)から十間(約18m)、深さ最大約4m程度の堀が併走するよう造られていました。
 又、
御土居の上面には、土壁の強度を高めるために竹が植えられていました。
 御土居の内側を洛中、外側を洛外と呼び、要所には七つの口を設け、
洛外との出入口としました。鞍馬口、丹波口などの地名はその名残です。
 尚、↑の図、④⑤⑥の御土居のご紹介はこちらです。

 音楽は、日本の曲では有りませんが、♪Memoryを選びました。

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2011年12月 9日 (金)

ぶらり見~つけた京都(”応仁の乱”山名宗全)

 今日の「ぶらり見~つけた京都」は、”応仁の乱”の立役者の一人?
西の大将・山名宗全の足跡を訪ねました。
 
応仁の乱は、室町時代中頃の応仁元年(1467)に起こった内乱で、
11年の長きにわたり争いが続き、京都の町を焼き尽くしました。
 我家のお墓の有る”天授庵”や殆どの神社仏閣がその被害に遭っています。
奇跡的に残ったのは大報恩寺(大根炊きの千本釈迦堂 紅葉の千本釈迦堂 )くらいです。


 応仁の乱は複雑と言われています。
細川勝元と山名宗全の権力争い、
将軍・足利義政の後を継ぐ義視(よしみ)と義尚(よしひさ)の継嗣(けいし)争い、
さらに斯波、畠山の両管領家の相続争いなどが絡み合って勃発した戦いでした。
 
何のために、誰の為に何が目的で戦ったのか?
調べれば調べるほどによく判らないと言われている”応仁の乱”です。
 
一説には東軍16万人、西軍が11万人もの将兵が入れ替わり立ち替り戦ったそうです。

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京都市考古資料館前にある”西陣”碑 です。

山名宗全を頭とする西軍の陣地は、今の五辻通大宮東の山名宗全邸跡辺りで、
”西陣”と言う地名の起こりです。

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ここら一帯が邸宅跡です。


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近くには、この様な碑が建てられています。

近くで見つけた椿でしょうか?
ホッと安らぎを戴きました。

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そしてお墓は南禅寺の塔頭”真乗院”に有ります。
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西陣があるなら、東陣もあった筈ですが、
その後の歴史によって消えてゆきます。
 西陣はその後、ご存じのように西陣織物が発達する事によって、
その名も後世に留めてゆくことになります。
 何時の時代も大小にかかわらず、争いは関係の無い人々までを
不幸にしますね。
 尚、”ぶらり見~つけた京都”はシリーズになっています。
カテゴリー”ぶらり見~つけた京都”をご覧くださいね。

 音楽は、本田美奈子さんで”Amazing Grace”を選びました。  

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2011年11月20日 (日)

朝の二条城庭園を散策しました

 11月13日は、二条城の菊花展を愉しませて戴いた後、キラキラ輝く朝のお日さまいっぱいのお庭や建物を拝見しながら、ゆっくり散策しました。

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まず最初は、朝日を受けて眩しいばかりの障子戸の「二の丸御殿」の一角です。


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「本丸御殿」です。
現在は建物に危険箇所が発生したため拝観は出来ません。
明治になって、京都御所の桂宮邸が移築されたものです。
御所時代に桂宮邸では、皇女和宮さんが少女時代にお住まいになりました。


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「天守台」(かつては天守閣がありました)の上から見た比叡山です。
山にかかった少しの白い雲が優しく感じられます。


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上と同じ場所から見たものです。本丸に入る橋とお堀が見えています


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松の木の影にも、優しい朝の陽ざしを感じます。


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こちらは、昭和40年にできた「清流園」の一部です。
向こうに見える建物はお茶室です。
 お茶室は、左手の方にも有って清流園を公開されている時は、
お抹茶を戴くことが出来ます(勿論!有料です)

 如何でしたか?
ご一緒に散歩して頂けまたか?
 きっと、多分、朝の綺麗な空気をいっぱいすって、
清々しいひと時を過ごして戴けた事と確信していますι(´Д`υ)アセアセ

音楽は、ペールギュントの爽やかで優しいメロディをお愉しみください。

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2011年10月11日 (火)

京都市内にある名建築を訪ねて (その8)

 大正期の建築の最後の、もう一つの料理店は、
四条・南座の真向かいにある「レストラン菊水」です。
前回の「東華菜館」と同じ年・大正15(1926)年に建てられたものです。
 「東華菜館」の前身「矢尾政」(フランス料理)と共に、京都の西洋料理の草分け的存在だったそうです。
 2つの建物が、同時期に競うように建てられていたと言うのは、
想像するに、さぞかし壮観だったでしょうね。
「東華菜館」が複雑な装飾が施されているのに対して、こちら「レストラン菊水」は、対照的にシンプルなデザインで、ユニークな形の塔が目を引きます。西洋のお城のイメージですね。

 この違いは設計者の違いかも知れません。
 「東華菜館」が、ヴォーリズ建築事務所(工事は大林組)
 「レストラン菊水」が、上田工務店・松村次郎(工事は上田工務店)です。

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タクシーが走っている道路が、四条通です。
中央の薄茶色の建物が「レストラン菊水」です。
その右手の「かもがわビル」の最上部には、NHK京都放送によく登場する「お天気カメラ」があります。
「レストラン菊水」の真向かいには、「南座」があります。

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正面入り口側を見ています。通りに面した白い枠がすっきり感を与えます。
窓の形の変化にも、デザインの面白さを感じます。

スクランブル交差点を闊歩するお嬢さんは、四条通を渡っています

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玄関部分のupです。入り口は、白い枠の左手になります。
ショーウインドーのように、大きなガラスが嵌められています。
以前は、この中の右手で、生演奏もやっていましたが、
最近は見かけませんね。

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こちらの建物は、装飾も控えめで、シンプルな感じです。
唯一の変化は、この程度でしょうか。

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こちらの塔屋もシンブルですね。
やや老朽化が気になります。

 この建物も、鉄筋コンクリート造の4~5階建で、設計・施工は上田工務店
設計者は松村次郎とのことです。
 なお、外壁の色は、「東華菜館」と同じ薄茶色です。


尚、これまでの”名建築を訪ねて”は
 (その1
明治期゛)(その2明治期)(その3明治期)(その4大正期大学
その5大正期大学(その6 大正期)その7大正期)です。

音楽は、村冶佳織さんで”アルハンブラの思い出”をお聴きください。

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2011年10月 6日 (木)

昭和の京都の街を走っていた市電(最終回)

 昭和の京都の街を走っていた市電も、今回で最後にしましょう。
写真はまだまだ有りますが・・・
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祇園祭の山鉾巡行(手前は船鉾です)とのツーショットです。
市電は臨時の京都駅行きです。場所は河原町通の様に見えます。

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夏休みでしょうか?おばあ様がお孫さん達に
「電車が来るえ。もっと後ろに下がって」かも知れませんね!(^^)!

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如意ケ岳(大文字山)の”大”の文字がくっきり見えます。
雪の大文字と見ました。もしそうだとしたら、珍しい光景です。

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新幹線に市バス、そして市電です。
場所は、七条大宮の跨線橋(下はJR在来線)です。


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運転手さんの手元を見るのが好きで、運転席の近くに立っていました(^_^;)

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深々と降る雪の風景に静けさを感じます。
銅像には見覚えが無いですが、場所は葵橋の畔と見ました。

 カメラが一般家庭へ急速に普及し始めた1979年代、鉄道沿線や駅のホームでコンパクトカメラを手にした子供たちの姿が目立ち始めました。
そんな少年のことをいつしか「鉄ちゃん」と呼ぶようになりました。
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そして、1978年9月30日、思い出をいっぱい残して、
京都市電が83年の歴史に幕を閉じました。
その最終日、子どもは無料で乗り放題だったそうです。
尚、昭和の京都の街を走っていた市電(その1
   昭和の京都の街を走っていた市電(その2

 音楽は、森山良子さんで”さよならの夏”をお聴きくださいね。

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2011年9月29日 (木)

京都市内にある名建築を訪ねて (その7)

 「京都市内にある名建築を訪ねて」も第7回目となりました。
大正期の最後の回は、食堂 2件です。

2件の内、「東華菜館」(とうかさいかん)をご紹介します。
 名前から直ぐにお判りのように中華料理店ですが、
四条大橋の西南詰にあります。

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右が四条大橋、手前が鴨川の右岸河川敷です。
右手前方が、京都市内一の繁華街・四条河原町です。
看板には、「北京料理・東華菜館」と書かれています。

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塔の部分を拡大しました。装飾が多いですね。

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四条通に面した正面側です。

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正面玄関です。入るのにちょっと躊躇しそうですね。
中に入ったところにエレベーターがあります。
説明書きによると、1924年・アメリカ製で、日本で現存する最古のものとのことです。
 操作は手動式で、扉は蛇腹式、フロア表示器は時計式だそうです。

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全体的に装飾が非常に多いのですが、特に玄関の上部は、
この様な派手さです。
 一番上は羊の頭部、真ん中には口を大きく開けた魚(はぜ?)など、
他に壷や何かの果実など、盛り沢山です。

 因みに、料理のお値段を見てみますと、
  フカヒレ・スープ 2630円  焼餃子 8個 950円
  一品料理がおよそ1500円前後でした。
一度だけ!!入ったことが有りますが、遠~~い昔の事です(ノ_-。)


この建物は、もとはフランス料理のレストラン・矢尾政だったそうですが、
戦後間もなく、現在の中華料理店になりました。

 「外装は、カスバ(土造の家)のような色と質感だが、実際はテラコッタ(素焼きのタイル)を用いたスペイン風のデザインである」、と著者の島さんは述べておられます。

 大正15(1926)年の建築で、鉄筋コンクリート造の4~5階建。
ヴォーリズ建築事務所の設計で、工事は大林組です。

 尚、これまでの”名建築を訪ねて”は
 (その1
明治期゛)(その2明治期)(その3明治期)(その4大正期大学
その5大正期大学(その6 大正期)です。

音楽は、私の好きなスメタナ作曲の「わが祖国」から”モルダウ”をお聴きください

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