歴史

2009年3月 5日 (木)

京都・太秦アラカルト その2

 京都・太秦アラカルトの その2 をご覧頂きます。
まず始めは、「えっーホント」と言うお話です。
  下の写真は、何の変哲もない、普通の井戸ですが、これが凄いのです。
「いさら井」と言います。

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 井戸の石枠の前面に微かに「いさら井」の文字が見えるかと思います。
この井戸を作ったのが、秦氏で、実は秦氏はユダヤ人だったと言うのです。「イスラエルの井」が訛って「いさら井」になったとか。                    昔は、洛西有数の名水が湧き出していたと言います。正確な由緒は判らないそうですが、面白い話ではありませんか(この話は、平成10年発行の「うきょうを歩く」のとっておきのWalkingマップに載っていたものです)。

 時代はうんと下って、江戸時代後期に、独自の写生画風を大成した「円山応挙」のお墓が、広隆寺に近い「悟真寺」にあります。

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 真ん中が応挙の墓で、「源 応挙」と刻まれています。

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 両側に並ぶ墓石にも「源 某」と刻まれています。
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 次は、これです。

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 この建物は、「右京ふれあい文化会館」と言い、この地域の文化活動の拠点となっていますが、さてこの建物何かに見えませんか。
 そうなんです。映画のフィルムが、巻かれた状態です。建物は、曲面になっており、上下の枠はフィルムの送りコマです。
 また、会館の周辺の樹木の根元には、下の様な保護板が敷かれています。

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 これは、セメント製ですが、映画のキャメラとフィルムが模りされています。
 上の建物と言い、この板と言い、右京区の代表的な文化財の一つ、映画の町「太秦」を、徹底して表現している様に思いました。

 最後に、ポケットに京都ひとつ・らくたび文庫のNo36として、「映画の町 京都太秦さんぽ~大映通り界隈~」が、発刊されました。発行所は、株式会社
コトコトで、1冊 500円です。下は、その本の表紙です。

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 今回で、太秦地域シリーズの全3回は終わりです。私の独り善がりで、お判り難かったかと思いますが、3回にわたる記事についての何かご感想が頂ければ嬉しくと思います。よろしくお願い致します。
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 (今回の花の写真も植物園で撮りました。)                           太秦地域の次は、「嵯峨地区」について、ご紹介したいと思っております。
この地域には、いろいろなものが見られます。ご期待ください。

 次回は、久し振りに「京都・迎賓館」の その3(最終回)を、3月7日・土曜日にupの予定です。

2009年2月28日 (土)

京都・太秦の古墳

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