日記・コラム・つぶやき

2012年3月11日 (日)

2011.3.11を想う

 未曾有の東日本大震災と東電・福島原発の事故が発生した、
2011年3月11日から早くも1年が経ちました。
 亡くなられた方・行方不明の方・それに未だ避難生活を強いられている方々に、
心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

 予想外の大きな津波と、心胆される原発の事故は、
日本全体いいえ世界の人々に計り知れない恐怖を与えました。
そして、それは未だ復旧・復興が遅遅として進まない苛立ちを覚えて已みません。
でも
、被災された皆さんの粘り強い取り組みに、感動と元気を頂きます。
 生半可な掛け声や励ましの声では、到底皆さんの心には届かないと思いますが、
被災された皆さんの心からの明るい笑顔が戻ってくることを願っています。

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 水彩画は、いずれも花の少ない我家のベランダを彩ってくれているお花達です。
 
2月26日に京都会館で行われた”京の郷土芸能まつり”の最後のステージで、
被災された宮城県大崎市「高倉蘖(ひこばえ)太鼓」のグループの方たちの力強い演奏を聴きました。
 そして、久しぶりに大きな感動を戴きました。
               ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
11日は「京都マラソン 2012」こちらも行われました。

    音楽は、♪夜明けのうた を選びました。

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2012年2月10日 (金)

冬木立の南禅寺・塔頭「天授庵」

 2月は、義姉(5日)と父(9日)の祥月命日が続きます。
お墓参りは4日に行きました。
その日も朝から晴天に恵まれ♪太陽がいっぱいです!(^^)!
 毎月欠かさずお墓に手を合わせて、綺麗にお掃除をする私に
天の恵みかも知れませんね。
 と相変わらず、自己満足です(#^.^#)

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枯木立の間から、南禅寺の「絶景かな 絶景かな」と石川五右衛門が
眺めたとか言われている三門です。

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観光客の方たちが廊下に腰かけて、冬は日向ぼっこを、
秋は紅葉のライトアップを愉しまれる東庭園です。

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南庭園への道です。方丈が見えます。
廊下には赤い絨毯が敷かれていて、晴天の日の朝は、
方丈の中を赤く綺麗に染めます。

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南庭園に架かる木の橋です。
私は雨の日のしっとりとした風情が好きです。
 南庭園もすっかり冬景色ですが、芽吹きの春が楽しみです。
その前に雪の天授庵を見たいなあと思いますが、
今年の市内は雪が降っても何故か積もりません(ー_ー)!!

音楽は、清々しい朝のイメージで選びました。

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2012年2月 9日 (木)

父の祥月命日

 2月9日は、父の祥月命日です。
早いもので亡くなってから、36年が過ぎました。
葬儀の日も今年のように、厳しい寒さでした。

 父を思い出す時、やはり植物です。
草花をこよなく愛し、盆栽、サボテンや多肉植物、山野草など、
丹精込めて育てていました。
 狭い庭を3つのゾーンに分けて、
一つを盆栽風に、山野草、そして、私が喜ぶ季節の小さな花のコーナー
 其々の間に石や砂利を敷いて散策道?のように作っていました。

小さなガラスの温室にはサボテンと多肉植物が所せましと・・・
殆どの山野草や草花は野や山で摘んできたものでした。
棚の上には数々の鉢植えの植物、針金で吊るしたのも有りました。

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中学生の頃のエイプリルフールには
「お父ちゃん 友達が花の苗をあげると言うてはったわ」
本気で喜んでいる(そんな振りをしていたのかも知れませんが・・)父の様子に
悪いことをしたなあと思って、
すぐに
「今日は何の日か知っている?」と喜んでいたものです。

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そんな父に我家の花をプレゼントしましょう。
 窓からの光が映りこんでいますが、
「お父ちゃん かんにんえ」で許して戴きましょう((+_+))

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晩年の父が気分の好い時に出かけていた山科疏水ですが、
今は散策道と公園が出来ています。
 桜の頃は地元の方達がベンチに腰かけて、お弁当を広げたり、
お花見をされている姿を見かけます。
 流石にお酒・・・の方は見かけませんよ(^_-)

音楽は、父が好きだったかどうかは解りませんが、軽快で爽やかな
♪真珠採りのタンゴを選びました

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2012年2月 7日 (火)

2日5日の南禅寺塔頭「天授庵」

 2月5日は昨年2月3日に亡くなった義姉の一周忌法要を、
お墓の有る天授庵で行いました。
 一昨年の年末は大雪が降りました。
今年も厳しい寒さに心配していましたが、当日はおかげ様で陽ざしにも恵まれ暖かい日でした。

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方丈です。
赤い絨毯に太陽が当たって、欄間の障子や柱をも赤く染めています。


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冬枯れの静寂なお庭を眺めている甥の子供たちです。
お兄ちゃんは今年小学5年生、弟君は4月から、ピッカピカの一年生です。

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ガラス戸に絨毯の赤が映っています。

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お庭の日陰には、こんなに大きな霜柱が出来ていました。
こんな大きなのを見るのは初めてです。

 天授庵は暦応2年 (1339) に虎関師錬が南禅寺を開山した、
無関普門の塔所(墓所)として建立しました。
 戦国時代には衰退しましたが,慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興されました。
 細川幽斎は元首相の細川護煕氏の先祖に当たります。
墓所には護煕氏のお母さまのお墓も有ります。
 京都に来られた時は、立ち寄ってお墓詣りをされるとの事です。
又、祖父に当たられる方が南禅寺近くに別邸を建てられ、
高校や大学時代も休みが有れば別邸に泊って辺りを散策したり、
座禅を体験されたとの事です。
 音楽は、♪アヴェ・マリアの優しいメロディを、安らかに眠る義姉に・・・

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2012年1月 8日 (日)

先輩・近藤正臣さんにお会いしました

 前回「さよなら余部鉄橋」に引き続き、”日々さんぽ”から移動した記事です。
”日々さんぽ”は昨年末で閉じました。
どうしても削除出来無い記事を2件、こちらへ移動しました。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
「はじめまして
 ニックネームをコスモスと言います。
幼い頃からコスモスのはかなげな風情が好きでした(おませさんだったのでしょうか)。   
 只今、ブログの受講中で難しい事は出来ませんが、
取敢えずご挨拶をさせて頂きます。 
 退職後、大きな環境の変化にボケないかの心配が有りました。
パソコンもその一つですが、色々な事に手を出し始め、
その中で何となく好きで続いたものが幾つか有ります。
これからブログの中で紹介して行きますので、
お付き合いよろしくお願いします(*^_^*)。」
 これはブログを開設した時の挨拶?です。
この日の言葉を忘れてはいけないなあ、と想いながら・・・」
    ↑はブログを開設した時のメッセージです。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 そして、以下は、近藤正臣さんにお会いした時の記事です。   
さて、今日はラッキーな、ハッピーなご報告ですgoodlovely
 NHKラジオの番組で「80(はちまる)ちゃん号・ふるさと旅・・・」の公開生放送が、今回は京都市ということで、高瀬川沿い
三条下った「旧立誠小学校」前で有る事を知り、出掛けました。
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何と、なんと私の高校時代の憧れの方、
そうですgood近藤正臣さんにお会いして、
懐かしい高校時代のお話もして(ブログの事も言って)
そして、そして信じられないお写真までご一緒にsign03

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本番前に到着。
放送局の方から「ファンの方ですか?」
「高校時代の1年後輩てす。
学園祭の演劇をされている近藤正臣さんに、憧れていました。
それ以来のファンですheart
 「ご一緒に写真を撮られたら?」ラッキーup
紹介して頂き、近藤正臣さんから「え~~、1年後輩?若いですねぇnote
何と言えば良いのか。若いhappy01
 「若々しくて綺麗」を売りものにしているワタクシ、内心「そうでしょhappy01
軽妙なお喋りで楽しい、本番の放送を見せて頂きました。

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 司会をされたアナウンサーの方とも事前にお話が出来て、
高校の名前「京都府立洛東高校」を2度も言ってもらって
幸せなひと時でした(原文そのまま 08.11.5作成)

 音楽はこれも懐かしい、ガロの♪学生街の喫茶店 は如何ですか。

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2011年12月31日 (土)

さようなら、2011年 来年が好い年で有りますように

 「少しも好いことが無かった」と言っても言い過ぎでは無い
2011年も今日で終わりです。
 
来る2012年がなにとぞ明るい年であるように、祈る気持ちでいっばいです。
 せめて、年末は可愛い艶やかな上七軒の舞妓さんに
締めくくって戴きましょう。
 偶然、お座敷へ向かわれる舞妓さんたちにお会いして撮らせて戴いた、
貴重な写真です。


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一年間、拙いブログをご覧戴いてありがとうございます。
来年が皆さま方にとりまして、幸多い年であることを念願しています。
来年もどうぞよろしくお願いします。
 音楽は、日本中、いいえ、世界中の人たちに歌ってほしい
♪世界に一つだけの花 一万人の第九 を選びました。

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2011年12月29日 (木)

有難う そしてさようなら”余部鉄橋”

 2006年7月に”日々さんぽ”を開設してから、今日までブログは存在していましたが、現実的には最近は更新もしていませんでした。

 2011年12月31日を持ちまして、”日々さんぽ”は閉じさせて戴きます。
”日々さんぽ”の時の記事でどうしても削除したくないものを2回分、
こちらに移動しました。
 当時からお付き合い戴いていた方には、
懐かしく思って戴けるかも知れませんね。
 今日ご紹介する記事は当時のものです。

      ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 過去に10回以上、電車で通った余部鉄橋は、41mの高さと310mの長さを持つ鉄橋で、通る度に感動していました。
 昭和61年に突風による転落事故で犠牲者が出た事件は痛ましい出来事でした。
 この鉄橋が「建替えられる」のニュースで是非もう一度と思い、
秋日和が続いた中の「曇時々霰の日」を選んで(?)行って来ました(~o~)。
 是非もう一度と思い、秋日和が続いた中の「曇時々霰の日」を選んで?行って来ました(~o~)。 

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大勢のカメラマンが今や遅しと待っておられます。
小雨の中を・・・(ー_ー)!!

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貨物列車が通っています。長い間待って、やっと撮れました。



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帰りの列車の中から写しました。虹の美しさに見惚れていましたが、
大慌てで撮っています。
   (原文のまま 2006・11・07撮影)

 余部鉄橋は、その後コンクリート橋に架け替え工事が行われ、
2010年8月12日に開通しています。

音楽は、懐かしい、花・花で♪さよなら大好きな人 を選びました。

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2011年12月14日 (水)

12月12日 朝の南禅寺塔頭「天授庵」

 12日の朝は、今年最後のお墓参りに行きました。
天授庵は紅葉で有名ですが、見頃の時は大勢の観光客が来られていて
お墓参りが目的の私は遠慮していました。


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 天授庵は、暦応2年 (1339) に虎関師錬が、南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として、
建立しました。(開山忌の前日の天授庵の様子はこちらです)
 戦国時代には衰退しましたが、慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興されました。

 方丈は細川幽斎により再興された柿皮葺屋根の建物で、
内部は長谷川等伯筆の障壁画で飾られています。
墓地には細川幽斎の立派な墓所が有ります。

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もう紅葉は落葉に変わってきていましたが、
「ここやわ~♪」
「ここのお庭は有名や」と初めての方らしいカップルの姿も有りました。

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方丈前庭(東庭)です。
 白砂の庭を苔に縁取られた菱形の畳石が横切る枯山水庭園で、
切石を組み合わせた直線的な構成は小堀遠州の発案です。

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書院南庭です。
 
杉や楓が鬱蒼と茂る池泉回遊式庭園で、明治時代に改修されていますが、
南北朝時代の面影を残しています。
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お庭の片隅の白壁に沿った紅葉と落葉に、優しい風情が感じられます。
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これらは、勿論!お墓参りを済ませてから撮った写真です。
余談ですが、天授庵では落葉のお掃除が始まっています。
袋詰めにした落ち葉を肩に担いだ作務衣のご住職から、にこやかに
「おはようございます」と声をかけて戴き、頭の下がる思いでした。
    音楽は、この日の朝にピッタリでした。
    グリーグの”朝”をお聴きくださいね。

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2011年11月17日 (木)

お墓参りの日の南禅寺・天授庵

 10日のコーラスの後は、天授庵へお墓参りです。
お墓を綺麗にお掃除して、花を手向け線香の煙を見つめながら、
両親や義姉とのお喋りです。
 いつものように受付の女性に「お墓へ参らせて戴きます」(こちらは公開されているので)と、
お断りして中へ入ります。

 お庭の入口に入った途端「何時もと違う!?」

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華やかな幕?が飾られています。
何かなあ?

 後で受け付けの方にお聞きしたのですが、「11日と12日の両日は
※開山忌です」との事でした。
 南禅寺の開山、無関普門禅師(大明国師)の塔所(たっしょ)、
つまりお墓として建てられたお寺が天授庵です。
天授庵は応仁の乱で荒廃していたところを、
桃山時代に細川藤孝(ほそかわゆうさい)が復興し、
細川家の菩提寺となっています。

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実は「カイサンキ」?何の事やろ(^-^;
 お聞きするのも恥ずかしい。
帰宅してパソコンで調べました。
とりあえず「かいさんき」と打ち込むと「開山忌」と違いますか(^_-)
 「それぞれのお寺を最初に開かれたご先祖様(お坊様)を『ご開山』と呼び、
亡くなられた命日を『開山忌』と言う。」との事でした。


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緑の木々の間から色とりどりの幕が綺麗です(不謹慎かも(^_-))

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シュウメイギクは清楚で淑やかですね。
私は、お寺の庭に咲くのが一番似合っていると思います。

 お墓参りの後は、地下街の”ゼスト御池”でランチを戴きましたが、
その後、ふたば書店に立ち寄りました。
そして・・・・宮川町の初々しい舞妓さんにお会いしました(*゚▽゚)ノ

   音楽は、谷村新司さんで”それぞれの秋”を選びました。

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2011年9月 5日 (月)

母の祥月命日

 今日、9月5日は母の祥月命日です。
亡くなってから13年経ちました。
花の大好きな母の為に8月は専ら花の絵を描きました。
一応、母に捧げる花です。少しも上達しなくて
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何時ものように描いた順番にご覧くださいね。
 室内でカーテンを閉めて蛍光灯の灯りで撮っています。
その為か色が実物とは少し変わっています。


(用紙は透明水彩用紙 F6(410x318)。透明水彩絵の具。)

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お墓の有る、南禅寺の塔頭「天授庵」のお庭に咲いていた、桔梗です。

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向日葵の花が好きだったのかは解りませんが、何故か病室に飾られていました。
母がぼんやり眺めていたのを覚えています。
京都府立植物園です。


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南禅寺の近くの池の蓮の花てす。
咲いているのに今年初めて気がつきました。


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子供の頃、夏の花の筆頭は朝顔でした。
父も母も好きで、自宅の前庭で種をとって毎年咲かせていました。


 父が亡くなっなった時、お別れの母の言葉は
「極楽へ行っとおくりゃす(行ってください)」でした。
 身体が弱くて、また、戦争の影響も有り、一家の大黒柱の役目を果たせずに亡くなった父も無念だったと思いますが、母の苦労の大きさ、重さは子供の私にもわかりました。
その父への最後の言葉に感動を覚えました。

 そして、その母への別れの私の言葉は
「お母ちゃんは絶対に極楽へ行けるわ」でした。

今は父とそして今年の2月に亡くなった義姉の3人で
仲良く極楽で暮らしていることと思います。

 歌が大好きで、特に”琵琶湖周航の歌 ”知床旅情をよく歌っていました。
♪五番街のマリーへ♪は若かりし頃の自分の人生に重なる部分が有るようでした。

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