« 京都・千本通を三条から四条まで歩く | トップページ | 京都府立植物園のポインセチア展が始まっています »

2011年12月17日 (土)

御土居を訪ねて(北野天満宮)

 御土居とは豊臣秀吉が、長い戦乱で荒れ果てた京の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と、鴨川の氾濫から市街を守る堤防として天正19年(1591年)に築いた土塁のことです。
 その殆どが江戸時代に取り壊され、現存するのは北野天満宮の境内の他
数箇所となっており、昭和40年10月27日に都市計画の重要な遺構として
「史跡」の指定を受けています。
 今回は現存する御土居の9つの①の北野天満宮さんを訪ねました。
0262_2
 尚、↑の現存地の内で
、④⑤⑥の御土居のご紹介はこちらです。

紅葉の頃は御土居は有料ですが、訪れた16日は無料公開されていました。


0011
「御土居の紅葉」
 (裏千家今日庵 北野天満宮講社会長 千 玄室 謹書)
御土居の入り口に建っている石碑です。


029
御土居に入って(上がって)一番に先に目に付く、大木のケヤキです。
 [御土居の大欅 ”東風こち”樹齢およそ600年 幹周り 6メートル
このケヤキは豊臣秀吉がここに御土居を築いた当時から、成長を続けてきました。
京の地より天高く大宰府へ東風を吹かせ続けています。
                           史跡 御土居 ]
立札にはこのように説明されています。

 全体の姿を撮りたいと思いましたが、難しくて断片的に撮りました。
002

↑と↓は斜面を撮っています。
傾斜になっているのですがお解り戴けますか?

004

007
これは頂面です。
北野御土居は断面図・250M(最長遺跡)です。
又、堀の一部に紙屋川を利用しています。

※興味の有る方はご覧ください。  
 御土居は、
台形の土塁と堀(堀の一部は川、池、沼を利用)からなり、
聚楽第を中心にして、その総延長は22.5キロメートルに及び、
東は鴨川、北は鷹ヶ峰、西は紙屋川、南は九条あたりに沿って築かれました。 
0263
 御土居の囲む範囲は南北約8.5キロメートル、東西約3.5キロメートルの縦長の形をしています。
 御土居は必ずしも直線状ではなく、特に西側では数箇所の凹凸があります。
 御土居の高さは約3.6~4.5メートル、その頂部が約5m、基底部の幅は約五間(約9m)という大工事であり、しかも御土居に沿って幅二間(約3.6m)から十間(約18m)、深さ最大約4m程度の堀が併走するよう造られていました。
 又、
御土居の上面には、土壁の強度を高めるために竹が植えられていました。
 御土居の内側を洛中、外側を洛外と呼び、要所には七つの口を設け、
洛外との出入口としました。鞍馬口、丹波口などの地名はその名残です。
 尚、↑の図、④⑤⑥の御土居のご紹介はこちらです。

 音楽は、日本の曲では有りませんが、♪Memoryを選びました。

(京 歩き)↓もご覧くださいね
http://mosume.cocolog-nifty.com/blog/ 

« 京都・千本通を三条から四条まで歩く | トップページ | 京都府立植物園のポインセチア展が始まっています »

地域 歴史」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1151596/43401464

この記事へのトラックバック一覧です: 御土居を訪ねて(北野天満宮):

» 京都「お土居」の一部を訪ね歩く [京  歩き]
 「お土居」は、豊臣秀吉が京都の洛中を土塁で囲んだものですが、現在は断片的に残っ [続きを読む]

« 京都・千本通を三条から四条まで歩く | トップページ | 京都府立植物園のポインセチア展が始まっています »

無料ブログはココログ
2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のコメント

お勧めブログ