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2011年8月 4日 (木)

京都・嵯峨と嵐山の蓮の花を訪ねて

 久し振りに、夏、真っ盛りの嵯峨野を歩きました。
目的の一つは、蓮の花です。
今回は、何時もとは逆行して、先に嵐山・天龍寺を訪ねました。
ここには毎年訪れています。
 境内に入ってすぐの中央にある「勅使門」奥の池に、蓮の花が華やかに咲いていました。
蕾あり、開花あり、散った後など様々でした。
色は薄いピンク色ですが、やや白に近いのもあり、上品な色です。

Img_2212a_2
池の真ん中には、石橋が架かっています。
池の向こうには、塔頭の一つ「弘源寺」が見えます。

Img_2217a
これが「勅使門」です。
桃山時代のもので、京都府の指定文化財となっています。
禅寺らしく、シックなものですね。
この門の裏に、蓮が咲く池(放生池)↑があります。

 では、放生池に咲いていた、蓮の花をご覧くださいね。
Img_2192a_2
幼子のように可愛いですね。

Img_2196a_2
歳の頃は20歳前くらいでしょうか?
初々しいですね。

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女性なら一番美しい年頃ですね。
歳の頃なら、差支えが有るといけないので・・・(^_-)

Img_2189a_2
花の色が、やや白い群れです。
清楚で可憐ですね。

 
さて、大沢の池のハスですが、外から見た感じではイマイチでした。
去年は開花が見られませんでしたが、今回は蓮の生え方が大分変化していました。
 池の中央部(遠くに見えます)に大きく広がっていましたが、既に遅かった様子、勿体無い(有料)ので中に入りませんでした。
残念ながら、↓の写真です。

Img_2170a

最後に「天龍寺」について少々。

 嵐山を観光された方は、大抵ここに来られているのではないかと思います。
渡月橋の北側にある大きなお寺です。

 臨済宗天龍寺派の大本山で、京都五山第一位の巨刹です。
 1339年(暦応2~延元4年)、後醍醐天皇が吉野で崩御されると、禅僧の夢窓疎石が、天皇の菩提を弔う寺を建てるよう、足利尊氏・直義に進言し、夢窓を開山として、天龍寺を建てました。

 有名なものとしては、国史跡・特別名勝に指定されている方丈庭園の「曹源池庭園」で、ユネスコの世界遺産選定の理由ともされています。

  音楽は、コーラスを愉しまれている方なら誰でもご存じで一度は合唱された事が有ると思います。ご一緒にお歌いくださいね。

 勿論、私も大好きな”Believe”です。

お時間があれば↓(京 歩き)もご覧くださいね
http://mosume.cocolog-nifty.com/blog/

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