« 京都・祇園祭の鉾建ての様子 | トップページ | 京都”五辻殿跡”界隈を散策しました(その2) »

2011年7月14日 (木)

京都”五辻殿跡”界隈を散策しました(その1)

”五辻殿(いつつじどの)跡”をご存知でしょうか?
実は私は、同じ上京区に移り住んで11年になるのに知りませんでした。
先日、一度知らない道を歩こうと思ってウロウロして、駒札と石碑を見つけました。
そして私の好きな建物やお店にも出会って。
この日はカメラを持っていなかったので(ブロガーにカメラは必需品ですね)、
後日出かけて、愉しみながらパチリ(#^.^#)


003
香り 蝋燭の老舗、中村さんです。


002
お店の中には蛍光灯の灯りの中に仄かなローソクの灯りが。
お邪魔したいなあと思いながら、買わないのに入り難いなあ。
洗いざらしの暖簾がお店の雰囲気にピッタリです。


005_2

嬉しくなって、歩き続けます。
さすがに西陣です。
帯や反物のお店が軒を連ねています。

あれは何かなあ?
「五辻殿跡」と書かれた石碑と駒札が立っています。
興味津々、そばに寄って読んでいます。

”五辻殿跡”の説明の書いた駒札です。
009 

006
※詳しくは↓に書かせて頂きます。興味の有る方はご覧くださいね。

この辺りは、平安末期から鎌倉初期にかけて、藤原成親の五辻第、鳥羽天皇の皇女で賀茂斎院をつとめた頌子内親王の五辻第斎院などもあったと言われています。歴史の有る場所だったのです。


011
何のお店でしょうか?
まさしく町家ですね。
でも和食ではありませんね。
 左端にテルテル坊主がぶら下がっています。
何となくユーモアが有ります!(^^)!
 本日休業と書かれていましたが、↑のオレンジの看板をアップで撮りました。

012_2
英語ではないですね。
分からないまま先を急ぎましょう。

015
暖簾が風に揺れています。
雨脚が強くなってきました。
 この後は雨中を、歩きました。
嬉しい事に西陣独特の町家の和装のお店が続きます。
次回にご紹介させて頂きます。

 ※興味の有る方はご覧くださいね。
↑の駒札の説明です。

 五辻殿は、「五辻南・大宮西・櫛笥東」にあった後鳥羽上皇の御所(院御所という。)として元久元年(1204)から利用された。
 後鳥羽上皇の院御所としては18ヶ所が知られており、
このような院御所の盛んな造営の模様を「諸国武士のために押領せられるといえども、天下の力未だ衰えざるか」と記されて、後鳥羽上皇の権勢を讃えている。
(「一条長兼の日記」)

 五辻殿の造営者は、後鳥羽上皇の生母(七条院殖子)の弟の坊門信清である。
なお、後鳥羽上皇の院御所としては、高陽院と二条殿が恒常的に使用されており、五辻殿の使用は短期間であったようで、元久3年(1206)以降は不詳である。

 音楽は、コーラスの練習の最後によく歌いますが、私たちが一番好きで、
一番盛り上がる歌です。
勿論、私も大好きな”あの素晴らしい愛をもう一度”を選びました。

お時間があれば↓(京 歩き)もご覧くださいね
http://mosume.cocolog-nifty.com/blog/

« 京都・祇園祭の鉾建ての様子 | トップページ | 京都”五辻殿跡”界隈を散策しました(その2) »

京都西陣」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1151596/40697370

この記事へのトラックバック一覧です: 京都”五辻殿跡”界隈を散策しました(その1):

« 京都・祇園祭の鉾建ての様子 | トップページ | 京都”五辻殿跡”界隈を散策しました(その2) »

無料ブログはココログ
2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のコメント

お勧めブログ