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2010年1月16日 (土)

京都の花街「宮川町」のお正月

 私の3日のお正月を求めて散策はここ宮川町で終わります。
ここも舞妓さんを期待していましたが・・・・。
舞妓さんは
「京都宮川町で見かけた舞妓さん」(ここです)をご覧くださいね。

でも、流石に花街です。正月飾りも優雅でした。
この近くで暮らしておられる方たちの姿しか無くて、ひっそりしたお正月でした。
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写真に傾きが有ります。
シマッタsign01後の祭りですねcoldsweats02
 ここも電柱が無くなる日を待ちます。

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お茶屋さんが続きます。

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では、お正月飾りをお愉しみ下さいね
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お茶屋さんが続きます

089jpg1

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お茶屋さんの作りも少しづつ違っています。

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個人的には、ここの数軒のお家に懐かしさを感じました。
 祇園界隈の雑踏とは違って、この宮川町通は観光客が少なく、その分情緒は一層濃く感じられました。
花街の中でも私は一番のお気に入りでお勧めですgood
 
 
3日のお正月の散策(京都駅ビル→二条城→花見小路→石塀小路→祇園新橋そして宮川町)はこれで終わりですが、
万歩計14000歩。
 昼食 2時前にここの近くの「おうどんと丼ぶり」のお店(中年のご夫婦が経営)で、中華そば(ラーメンとは違いますconfident)を食べました。
おつゆもあっさりしていて、熱くて本当に美味しかったhappy01

 
興味の有る方はご覧下さいね。

宮川町通(宮川筋)は鴨川の東、川端通の一本東の小路で、四条通から五条通に達しています。
 鴨川の別名を当時宮川と言っていたところから、北から宮川筋一丁目~八丁目迄が有りました。
 このうち一丁目は祇園の「外六町」の一つとされていました。
 
 宝暦元(1751)年には遊里としての認可を受けています。
以後この小路は祇園とならぶ遊興の地として、大いに賑わいを見たそうです。
 
 またそれとは別に宮川筋では、歌舞伎役者などの若衆をかかえて客の相手をさせる家も多かったとの事です。
 
 四条の色宿・子供宿とも呼ばれていました。
貞享5(1688)年に刊行された「諸国色里案内」には
「こゝは、ぶたい子・かげ間・野良のすみか、ぶたい子銀壱枚、かげ間屋金子壱歩、あるひは百匁」と当時の様子が記されています。(正直私には意味は解りませんcoldsweats02
 

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